東北大震災の取材で感じた“人の生きるチカラ”と“優しさ”【ちはるハートクリニック】
- 2023年2月20日
- コラム
※震災にトラウマがある方は、ご覧にならないでください。
こんにちは!顧問の野田義人です。
僕は20数年間、バラエティー番組を制作してきました。笑いしかつくってこなかった人生の中で、一度だけドキュメンタリー番組に携わったことがあります。東北大震災の番組でした。
震災から2年後、岩手県陸前高田市を訪れました。
…酷い、酷すぎる( ; ; )
更地になっているところには、人々の営みがありました。それが全て無くなっている。
大切な家族や友人を亡くされた方、家を流された方が大勢いらっしゃる…
なぜこんなことに???
しばらくは動けませんでした。テレビ画面を通して見ていた風景とは全く異なりました。目の前には“絶望”が広がっていました。
「この世に神はいないのか???」
本気でそう思いました。
取材は、陸前高田市で被災した酒蔵の復興物語でした。
地元で愛されていたお酒を少しでも早く復活させれば、皆んなが元気になる!と頑張られていました。人々は悲しみと絶望の中、一歩一歩あゆみ始めていました。
<仮設住宅で見た、人々の優しさと温かさ>
仮設住宅で暮らす方の取材も行いました。
おそらく震災から何度も取材が入っていますから、もう辟易としているのではないか?もうそっとしておいて欲しいのではないか?
悲しい思い出を語って貰うのも気が引ける。そんな思いが巡るも「伝えるのが使命」と自分を鼓舞し、仮設住宅の扉を叩きました。
意に反して、ほとんどの方は取材を受け入れてくださいました。それも積極的に。そして、
「全国の皆さんに沢山お礼が言いたいの。お礼を言わせて!」
と、会うひと会うひとに言われました。
集会所には、被災者の方が編んだ毛糸の帽子が山ほど積んでありました。
「日本中の多くの方から沢山の物資を送って頂きました。本当に嬉しかった!どうやって皆さんにお礼をしたら良いのでしょうか!?
私たちに出来ることはお礼を言うことと、手編みの帽子などを送ることしかないないわ〜」
と、笑顔で語られました。
そして、「全国の皆さんへお礼を込めて『ふるさとの山に向ひて』を歌わせてください」とお願いされました。
集会所に響き渡る歌声を聴きながら、僕は正直、驚いていました。
すごくお辛い経験をされたにも関わらず、
なぜそんなにも人を思いやれるのですか?
なぜそんなにも笑顔でいられるのですか?
こちらの仮設住宅では、リーダーが皆んなに特技を聞いて役割を振り分け、助け合い励まし合って暮らしていました。
「私は運動が好きだから、体操を教える担当なの」と、嬉しそうに話すおばあちゃんが印象的でした。
僕は仮設住宅で“人を活かすとは?”ということも学ばせて貰ったのです。人間ひとりひとりに特色があり、得意なことも違う。その人の能力を活かしながら協力し合おうのが良いよ、楽しいよ〜って。
取材を終えて帰る時には、沢山のおにぎりと手編みの帽子をプレゼントしてくださいました。僕らは被災者の方に少しでも元気になっていただきたいと取材に向かいましたが、逆にもの凄い感動と、元気をいっぱいいただきました。そこには間違いなく“人と人との絆”が有り、愛が通っていたのです。
毎年、震災が起きた3月11日が近づくと、この心温まる体験を思い出します。そして、津波で肉親を亡くされたリーダーの言葉も。
「海は恨んでいない!今まで多くの恵みをくれました。高い防波堤を造るのは反対です。海を怖いものだと子どもたちが思ってしまうから。海とはうまく付き合えばいい」と。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。